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鹿児島地方裁判所 昭和58年(ワ)19号 判決

原告 田中ヒサ

被告 国

代理人 西修一郎 堀啓一郎 田上勉 林田勝征 大久保孝平 加世田宏一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一二三万円及び昭和五八年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件競売手続の経過

(一) 債権者木原美保子、債務者有限会社サカエダ建設間の鹿児島地方裁判所昭和五三年(ケ)第一三三号不動産競売事件について、同裁判所裁判官森高重久は昭和五三年一一月八日、別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という)について不動産競売手続開始決定をなした。

(二) 訴外井上正己は昭和五四年三月三〇日、右森高裁判官の命令により本件土地、建物の評価をなした。それによると、本件土地は鹿児島市紫原七丁目中央本通りの南西側に位置し、田上町境界に接し、南西部は急傾斜になり市道に沿う、広木小学校および広木住宅に通ずる比較的に閑静な新興住宅地域であるとして金一〇一五万七〇〇〇円に評価し、本件建物は外壁モルタル吹込仕上で一階の内部構造が未完成のまま、二階は立入できないとして金三四七万五〇〇〇円と評価した。ところが本件土地は危険区域に指定され、本件建物は無届建築物で鹿児島市からその建物の使用禁止ならびにその撤去を命ぜられているものであつたにもかかわらず、右評価人はそのことにつき一切調査せず本件土地、建物を金一二三〇万円と評価した。

(三) 裁判所は右評価人の評価をそのまま信用し、昭和五五年三月二二日、同裁判所裁判官小林秀和は本件土地、建物に関する不動産競売事件を入札払に付し、競売期日を昭和五五年四月三〇日午前一〇時とする旨の決定をなした。

(四) 右入札については競売申出人がなかつたので、右小林裁判官は同年五月六日再度入札及び競売期日公告をなし、昭和五五年五月二八日原告が最高値で入札し、同日同裁判所に対し保証金一二三万円を支払つた。同年六月二日小林裁判官は競売許可決定をなし、同年同月一六日、同裁判所から原告に対し金一一〇七万円の納付命令が告知された。

(五) その後原告が本件土地、建物について調査したところ、危険区域に指定されている場所であるとの情報を得たので、そのような危険な個所を競売で落札しても多大の損害を被ると考え競売残代金を支払わなかつた。

(六) 原告が競売残代金を納付しなかつたので、昭和五五年六月二七日再度の入札期日が、同年七月一六日に競売期日が指定された。

(七) 原告は昭和五五年七月七日同裁判所に本件土地、建物が違反建築物として昭和五三年七月頃鹿児島市から使用禁止ならびに除去を指示されておりその価値は全くないので調査のうえ民訴法(昭和五四年法律第四号による改正前のもの、以下「旧民訴法」という)第六五三条及び第六七二条一項により競売手続の取消を上申した。

(八) 昭和五五年七月一〇日小林裁判官は、本件競売期日及び競落期日を取消した。

(九) 昭和五五年一一月一一日小林裁判官は本件競売事件を入札払に付する旨の決定をなし、昭和五五年一二月一〇日入札が行われたが入札する者がいなかつた。更に昭和五六年四月一五日に入札が行われたが入札する者はいなかつた。昭和五六年六月五日櫻井良一裁判官が最低入札価格を金八七〇万円と定めて同年七月八日に入札を行つたが入札者がいなかつた。その後太田裁判官が最低入札価格を金七五〇万円と定めて昭和五六年七月二九日に入札を行つたところ、債権者であつた訴外木原美保子が最低入札価格で競落し、同年七月三〇日猪瀬裁判官によつて競落許可決定がなされ、右木原が本件土地、建物の所有権を取得した。

2  本件競売手続の違法、裁判所の過失

(一) 執行裁判所が競売物件の評価をする場合、評価人にその評価額を鑑定させているが、これは執行裁判所が評価をする際の参考に資するものであつて評価の決定は執行裁判所にある。本件評価にあたつた評価人は本件土地、建物が危険区域に位置し建築許可を受けていない無届けの住宅であつて住宅として使用することは不可能であることを看過して評価した。裁判所は右評価をそのまま採用しそれを最低競売価額として決定しこれを公告した。この点に執行裁判所の違法がある。

(二) 本件の評価人は、住宅として建築基準法第六条一項による確認あるいは建築許可のあつたものは建築物にその旨の表示がしてあるので本件土地、建物が危険区域に位置しているかどうか容易に知りえたはずである。また本件土地、建物は傾斜面の崖の上に建築されているので評価人たるものはこれが危険区域に存する違法な建築でないか否かの調査を行うべきである。これをしなかつたのは評価人の過失であるが、この過失は執行裁判所が当該評価人に鑑定を命じたことにより評価人が執行裁判所の補助機関たる一面も有することを考慮すると、評価人の過失は、すなわち執行裁判所の過失である。

(三) 裁判所は昭和五五年五月二八日の競売期日に関する公告において、本件土地、建物が危険区域にあることを表示しなかつた点に違法がある。仮に評価人及び裁判所において本件土地、建物が住居として許可されていない危険区域にあることを知らなかつたとしても、危険区域にある宅地建物を売却した責任は重大であり、危険区域であるかどうかを更に調査するべき義務が裁判所に存する。その点を看過した本件競売は違法である。

3  被告の責任

森高重久裁判官は被告の公権力の行使に当る公務員であり、評価人は執行裁判所の補助機関たる一面を有するものであるから、被告の公権力の行使に当る公務員であり、右裁判官及び評価人の本件土地、建物についてなした不動産競売手続開始決定及びあやまつた鑑定評価は、いずれも右裁判官らがその職務を行うについて過失によりなした違法な行為であるから、被告は国家賠償法一条により原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

4  損害 金一二三万円

原告は競売保証金一二三万円の返還を求めることができなくなつた結果、右金員相当の損害を被つた。

5  よつて原告は被告に対し、損害賠償として金一二三万円及びこれに対する昭和五八年二月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項(一)は認める。

2  同項(二)中、井上正己が昭和五四年三月三〇日、森高裁判官の命令により本件土地、建物の評価をなしたこと及び本件土地、建物が原告主張の価額に評価されたことは認める、評価額算定の根拠は争う、評価人の評価額が一二三〇万円であることは否認する、本件土地が危険区域に指定され、本件建物が無届建築物で鹿児島市から右建物の使用禁止ならびに撤去を命ぜられているものであつたにもかかわらず、評価人はそのことは全く調査しなかつたことは不知、評価人は右の事情を調査して適正な評価をすべきであつたとの主張は争う。

3  同項(三)中、裁判所は評価人の評価をそのまま信用したことは否認する、その余は認める。

4  同項(四)は認める。

5  同項(五)は不知。

6  同項(六)ないし(九)はいずれも認める。

7  同第2項(一)中、執行裁判所に違法があるとの主張は争う。同項(二)中、評価人の過失が執行裁判所の過失であるとの主張は争う。同項(三)中、執行裁判所が公告において本件土地、建物が危険区域にあることを表示しなかつたことは認めるが、本件競売手続が違法であるとの主張は争う。

8  同第3項は争う。

9  同第4項は否認する。

10  同第5項は争う。

三  被告の主張

1  評価人は、執行裁判所との間に身分上の関係がないところから明らかなようにその補助機関ではなく、鑑定人等と同様に裁判所から独立して専門的意見を述べるものである。そして評価は、不動産鑑定にみるように私経済作用であつて公権力を行使するものでないことはいうまでもない。したがつて評価人は国家賠償法上の公務員とはいえず評価人の行為を原因とする請求は理由がない。

2  最低競売価額の決定は競売法(昭和五四年法律第四号による廃止前のもの。以下「旧競売法」という。)二八条に基づいてなされるが、執行裁判所は、不動産評価に関する専門的な知識経験を有し、競売不動産の評価をするに適している者をして競売物件の評価にあたらせ、その評価を基礎として最低競売価額を決定すれば足りるのであつて、仮に結果において評価人の評価に誤りなどの瑕疵があつたとしても、執行裁判所は、その評価書の記載及び競売事件の一件記録によつて判断せざるを得ないのであつて、その評価審を基礎に最低競売価額を決定しこれを公告した執行裁判所の処分には違法があつたとはいえないのである。

3  一般に、競売の対象となる不動産の評価に瑕疵があり、この瑕疵ある評価に基づいて最低競売価額が定められた場合、最高価競買申出人あるいは競落人となつた者は、執行手続内において、右最低競売価額の違法を理由に(一)民訴法(昭和五四年法律第四号による改正前のもの。以下「旧民訴法」という。)六七二条四項による競落許可決定期日における異議申立、(二)旧競売法三二条二項、旧民訴法六八〇条一項、二項による競落許可決定に対する即時抗告をすることができる。さらに競落許否の決定が確定した後でも、民訴法四二〇条の事由が存在するときは、同法四二九条により再審抗告ができる。

4  執行手続においては、評価人の瑕疵ある物件評価に基づいて定められた最低競売価額で競落許可決定がなされた場合には、右のような執行法上の救済手続によつて執行裁判所の違法な処分を是正することが法律上予定されているのであるから、右の執行法上の手続による救済を求めることを怠つたため損害が発生したとしても、その損害を国に対し請求することはできないと解すべきである。

本件において、原告は、前述のような執行法上の不服申立の手続を採らなかつたことが本件競売記録上明らかであるので、評価人の評価の過程に誤りがあつたか否かにつき審理判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことが明らかである。したがつて本件請求はすみやかに棄却されるべきである。

5  不動産競売事件における執行裁判所の最低競売価額の決定及びその公告等の処分は、記録にあらわれた権利関係の外形によつて行うものであり、執行裁判所に記録の誤読による権利関係の誤認あるいは裁判書の明白な誤記等の特別の事情がある場合に限り執行裁判所みずからその処分を是正すべき責任がある。

しかるに、本件における執行裁判所の最低競売価額の決定及びその公告には、かかる特別の事情は存しないのであるから、執行裁判所がみずから本件土地及び建物が危険区域にあるか否かを改めて調査することなくして行つた右処分に違法があつたとはいえない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因第1項(一)及び同項(二)中、井上正己が昭和五四年三月三〇日、森高裁判官の命令により本件土地、建物の評価をしたこと、本件土地、建物が原告主張の価額に評価されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、まず第一に被告である国が賠償義務を負うべき違法行為として、執行裁判所は評価の決定につき最終責任を有するところ、評価人の誤つた評価をそのまま採用した点を主張する。

不動産に対する強制執行として競売による方法を採つた場合、執行裁判所は当該不動産の最低競売価額を公告するか、右価額の決定に際し執行裁判所は不動産評価に関する専門知識、経験を有する者に競売物件の評価を命じ、右評価人の評価に基づいて最低売却価額を定めなければならない。民事執行法第六〇条一項は、最低売却額は評価人の評価に基づいて決定すべきものとされるから、当該評価額の採否は、執行裁判所が諸般の事情を考慮して自由裁量により決定すべきであるが、採用する場合にはその評価額を基準として、評価額が適正であるか否か、買受人の引き受ける担保権または用益権が適正に考慮されているか否か、執行官の現況調査及び評価書の記載自体から看取しうる誤算等の有無を考慮して、最低売却価額を決定すべきである。従つて評価が適正に行われている場合は、執行裁判所は当該評価額をもつて最低売却価額と決定すべきであり、これに反し評価額を増減する場合は、その増減を正当化させうる資料が必要であると解すべきである。

それ故、執行裁判所としては、右評価額において買受人の引き受ける担保権または用益権が適正に考慮されているか否かを考慮したうえ更に右評価審の記載自体から明白に看取しうる評価の誤り(計算の誤り、数字の誤り等)が存在し執行裁判所自らがその誤りを是正しうるような特別の事情が存しない限り、右評価を基礎として最低競売価額を決定した場合には、執行裁判所の右処分に違法があつたとはいえないと解するのが相当である。本件において、執行裁判所が、右の各点につき考慮しなかつたことを認めるに足りる証拠はなく、評価書の記載自体からも明らかな誤算等が存したとは認め難い。ところで一般に不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記等の記載その他競売事件記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果実体的権利関係と不適合が生じる場合が存するが、これに対しては民訴法「強制執行編」(以下「強制執行法」という)に定める救済手続により是正されることが予定されている。

本件の場合、原告が主張するように競売の対象となる不動産の評価に瑕疵があり、これに気づかずになされた評価にもとづき最低競売価額が定められた場合、最高競買申出人あるいは競落人は右最低競売価額の違法を理由に民訴法六七二条第四項(昭和五四年法律第四号による改正以前のもの、以下「旧民訴法」という)による競落許可決定期日における異議申立(改正以後は、民事執行法一一条一項により、執行裁判所の最低売却価額の決定に対しては執行異議の申立てをなしうる。)及び旧競売法三二条二項、旧民訴法六八〇条一項、二項による競落許可決定に対する即時抗告をすることができ(改正以後は、適正でない評価に基づいて決定された最低売却価額によりなされた売却及び売却許可決定に対しては民事執行法七四条により売却の許可決定に対する執行抗告をなしうる。)、更に競落許否の決定が確定した後でも旧民訴法四二〇条の事由が存するときは同法四二九条により再審抗告をすることができた。しかるに一件記録によると、原告は前記のような強制執行法上の手続による救済を求めなかつたことが認められる。原告が主張する損害は原告が右のような手続による救済を求めることを怠つた結果によるものと言うべきで、原告はその被つた損害につき国に対し国賠法の規定による賠償を請求することはできないと解するのが相当である。従つて原告の第一の主張は理由がない。

三  原告は第二に、評価の過程において評価人に過失が存したが、評価人は執行裁判所の補助機関たる一面を有するので右過失はすなわち執行裁判所の過失である旨主張する。しかしながら評価人は執行裁判所から選任され不動産を評価するよう命じられ評価を行うが、裁判所の機関として行うものではなく、裁判所とは身分上の関係もなく、裁判所とは独立して専門家としての意見を述べる機関であつて裁判所の補助機関たる要素はなく、かつ裁判所の一機関に属して評価、鑑定を行うものではないので公権力を行使するものではない。従つて評価人は執行裁判所の補助機関でもなく、また国賠法上の公務員にも該当しないから、原告の第二の主張も理由がない。

四  原告は第三に、執行裁判所は競売期日に関する公告において本件土地、建物が危険区域にあることを表示しなかつた点及び危険区域にあることを知らなかつたとしても危険区域にあるか否か更に調査すべき義務が執行裁判所に存したにもかかわらずこれを看過した点で本件競売は違法である旨主張する。執行裁判所が右公告において本件土地、建物に危険区域にあることを表示しなかつたことは当事者間に争いがない。しかしながら、前記のとおり、不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分は、記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行い、外形上処分の誤りが明白に看取しうる場合等特別の事情が存する場合に限り執行裁判所においてその処分を是正すべき責任があるというべきであるが、一件記録によるも本件における執行裁判所の最低競売価額の決定において、本件土地、建物が危険区域にあることを推測させる資料は全くなく、従つてかかる特別の事情が認められない本件においては、本件土地、建物が危険区域にあるか否かまで調査する義務を執行裁判所に負わせることはできない。従つて原告の第三の主張も理由がない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

物件目録 <略>

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